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【トイ・ストーリー4感想と考察】ネタバレしながらしっかり深く語る。【評価】

トイ・ストーリー4

 

この記事は、『トイ・ストーリー4』のあらすじに深く触れています。

 

 

『わからなかった…』

 

 

あなたは『トイ・ストーリー4』、観てきましたか?

 

見終わった直後の感想はどんな感じでしたか?

 

 

私はPIXARが大好きです。

 

なので『トイ・ストーリー4』はかなり楽しみで、何度も楽しみ過ぎて吐きそうになりながら、遂に公開日を迎えました。

 

平常心を失いながら見始めました。

 

そしてエンドクレジットの時…

 

私のエンドクレジット時の正直な気持ちは、

 

 

『わからなかった…』

 

 

でした。

 

涙も一滴も流れませんでした。流れる兆しも全くありませんでした。

 

ただただ「わからなかった」と思っていました。

 

そう。劇中で何が行われていたのか、脳の処理速度が追いついていませんでした。

 

こんな気持ちになった映画、初めてです。

 

しかしそのエンドクレジットの時、一緒に観に行った私の大切な人は、目をそっと閉じたまま、ずっと涙を流していました。

 

明らかに、私が今感じている感情とは違う感情が彼女の中にあるのがわかりました。

 

そして映画館を出て、感想を語り合いました。

 

彼女の感想を聞き終えた私の感情は、このように変化していました。

 

「トイ・ストーリー4。とんでもないメッセージを伝えてくれたんだな」

 

なぜ私の感情が変化したのか。

 

その時私が彼女から聞いたその感想を、思い出せる範囲で書き出したいと思います。

 

このサイトでは映画のスクリーンショットやキャラクターの画像、イラストなどを一切使用しておりません。理由はそれらのコンテンツはすべて©DISNEY/PIXARの著作物だからです。ご了承ください。

 

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『あなたはまだ、本当の「トイ・ストーリー」を知らない。』の意味

 

私の彼女は物事の本質を捉えることに非常に長けています。

 

そんな彼女がトイ・ストーリー4のキャッチコピー、『あなたはまだ、本当の「トイ・ストーリー」を知らない。』が発表された時、こう言っていました。

 

「本当のトイ・ストーリーってなんなんだろうね。本当のトイ・ストーリーでしょ……。わかったかもしれない。」

 

彼女は私にこう言いましたが、私はその内容を訊きませんでした。

 

なぜなら、彼女は先程もお伝えした通り、物事の本質を捉えることに非常に長けているからです。

 

つまり、彼女の意見を聞くことは、高い確率で結末を言い当て、ネタバレ状態になりかねないと思いました。

 

なので、その時点では彼女の意見は聞かず、一緒に観に行った後に聞かせてほしいと伝えました。

 

 

そして『トイ・ストーリー4』を観終った後、彼女は私にこう言いました。

 

「何から話したらいいのかわからないけど、私が思ってた‘‘本当の「トイ・ストーリー」”の意味は多分当たってたんだと思う。」

 

それを聞いて私は早くその意見を聴きたくなりました。

 

そして彼女は、このように続けました。

 

 

あんなにエンドクレジットで泣いた映画は初めてだ。

 

最後ウッディがボーと一緒にいることを選びバズたちとお別れをした時、何とも言えない喪失感を感じた。

 

本当にウッディ行っちゃうの?お別れしちゃうの?って。

 

今までトイ・ストーリーの中では色んな人間とおもちゃの別れが描かれて来たけど、その別れの時におもちゃたちが感じていた気持ちこそ、私たちがトイ・ストーリー4のラストシーンで感じた喪失感なんだと思う。

 

今まではアンディとウッディたちの別れとか、エミリーとジェシーの別れとか、デイジーとロッツォの別れとか、たくさん別れを見てきたけど、どこか他人事で見ていた。

 

その時その時で登場人物たちの気持ちになって切なくはなっていたけど、どこかそれを上から眺めている気持ちで見ていた。

 

だけど、今回のは違った。

 

23年間ずっと見てきたウッディやバズたちの絆や愛や想いをわかっているからこそ、そこが離れ離れになることで他人事として見れなくなっていた。

 

そのウッディとバズたちを見て自分が感じているなんとも言えない喪失感。

 

この気持ちこそ、持ち主とお別れする時におもちゃたちが感じていた気持ちなのだと思う。

 

しかも今までは別れに人間が関与していたから、そのもとではおもちゃたちは自分の気持ちではなく人間の気持ち次第だった。

 

でもトイ・ストーリー4のラストのウッディたちは、それぞれ自分の中にある自分自身の気持ち、‘‘内なる声”で人生を選択した。

 

おもちゃっていうのは人間が欲しがれば一緒にいてくれるし、必要じゃなくなれば手放す。

 

どこか人間の思い通りになる存在だと思ってた。

 

だけどそれは違うくて、おもちゃも私たち人間と同じでそれぞれ人生があって、おもちゃたち自身の気持ちでその人生を選択して歩んでいいんだ。

 

そういうメッセージだったんだと思う。

 

それこそが、おもちゃ自身の人生であり、まさに、‘‘本当の「トイ・ストーリー」”なんだと思う。

 

 

彼女は私にこう言いました。

 

その時私は彼女の本質を捉える能力を流石だなと思ったと同時に、『トイ・ストーリー4』が持つ本質的なメッセージを受け取った気がしました。

 

確かに、ウッディはシリーズを通して口癖のように「アンディのため、アンディのため」と言っていましたし、今作では何度も「ボニーのためなんだ。ボニーのためなんだ。」と言っていました。

 

これは紛れもなく、ウッディが‘‘自分自身のため’’に生きていない証。

 

トイ・ストーリーでウッディはこう言っていました。

 

「アンディが必要とする時に役に立てばいいんだ。みんなそのために作られたんだろ。」

 

そしてトイ・ストーリー3では、このように言っていました。

 

「本当に大切なのはアンディに遊んでもらうことじゃない。俺たちが(アンディを助けること)。」

 

「アンディが俺たちを大学とか屋根裏に連れて行きたいんなら、そこにいるのが仕事だろ。」

 

今作『トイ・ストーリー4』の前半でも、‘‘君のため’’という歌が流れていました。

 

ウッディが今までアンディやボニーのために生きていたことが伝わってきます。

 

‘‘自分はどうしたいのか’’ではなく、‘‘おもちゃはどうあるべきなのか’’をウッディは言い続けてきたように感じます。

 

 

そんなウッディの前に表れたのが、ボーでした。

 

ふたりが出会った時、ウッディは迷子のボーのことを可哀想と言っていましたが、ボーはウッディのことをまだ持ち主のところにいるの?と言っていました。

 

子供部屋と持ち主がいない環境、どちらも経験したボーと、子供部屋しか経験したことがないウッディ。

 

ふたりの生きる世界の広さの違いがよく表れているやり取りだと思います。

 

持ち主がいなくても幸せそうに力強く生きるボーと一緒に過ごすことで、ウッディの中に今まで見たことがなかった世界が広がったのだと思います。

 

 

バズは自分のボイス・ボックスを‘‘内なる声’’としていました。

 

そんなボイス・ボックスを、ウッディは物語の途中で自分の中から無くします。

 

それは、今までのウッディの‘‘自分らしさ’’を手放したということなのではないかと、私の彼女が言っていました。

 

そしてこのようにも言っていました。

 

自分のサウンドに何度も頼っているバズと、そのボイス・ボックスを手放したウッディ。

 

ふたりが対照的に描かれているからこそ、ここから物語に大きな変化が起きるのではないかと感じた。

 

バズは映画ラストまで自分の‘‘内なる声’’を一発で聞いていたが、映画ラストでキャンピングカーに戻った後は、何度もボタンを押し聞こえてくる言葉を自分で選択していた。

 

それは、バズの中にも新しい世界が広がったからこそ、‘‘内なる声’’をそのまま聴き入れるのではなく、色んな‘‘内なる声’’を聴いて、その中で‘‘選択’’できるようになったのではないか。

 

 

私はそれを聞いて、確かにそうだな、と感じました。

 

 

それを聞いて私は思いました。

 

『トイ・ストーリー4』の核となるテーマは、‘‘人生の選択’’なのではないかと。

 

ボーはアンティークショップから抜け出し持ち主がいないなかで生きたいという選択をし、

 

ギャビーは迷子の女の子のもとに行きたいという選択をし、

 

バズは内なる声の選択ができるようになり、

 

ウッディは愛するボーと一緒にいたいという選択をした。

 

 

‘‘自分の本当の内なる声を選択し、これからの人生を選択していく。’’

 

 

これこそ、『トイ・ストーリー4』に込められた、最大のテーマなのではないかなと思います。

 

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非常にあっさり描かれていたラスト

 

私の彼女はこう言っていました。

 

ウッディとバズたちの別れのシーン、もっとじっくり感じたかったけど、すごいあっさりしていた。

 

それだけでなく、映画そのもの自体が30分くらいにしか感じなかった。

 

彼女が言ったそのことは、私も同じく感じていました。

 

映画自体がスムーズで、ドカンという大きな盛り上がりがあるわけではなく、ラストシーンもあっさりしていた。

 

これは、自分の本当の内なる声を聴くことができれば、それを行動に移すときは案外簡単だということなのではないかなと思いました。

 

なぜなら、自分が望んでいることが明確に分かっているから。

 

だからこそ、ラストシーンも重くせず、あっさりした描き方をしたのではないかなと思います。

 

エンドクレジットの異変

 

私は冒頭でもお伝えした通り、PIXARが大好きです。

 

そんな私は、今作のエンドクレジットの‘‘ある異変’’にすぐに気付きました。

 

そのある異変とは何なのか。

 

それは、

 

‘‘異常に静かすぎる’’

 

という点です。

 

PIXARの長編映画は今まで、エンドクレジットは‘‘愉快’’で‘‘アップテンポ’’、‘‘楽し気’’でした。

 

明るい音楽が流れ、ほとんどの作品で歌ありの曲が流れ、‘‘ハッピーな気持ち’’で劇場を出ていました。

 

それが、『トイ・ストーリー4』にはなかった。

 

歌ありの曲は一切流れず、明るい音楽も一曲もなし。

 

ただ淡々と下から上に流れていく製作者の方々の名前。

 

 

このエンドクレジットの異常な演出。

 

これは先程お伝えしたような、‘‘本当の「トイ・ストーリー」とは何なのか’’

 

それを考える時間なのではないかなと感じました。

 

だからあえて派手な演出はせずに、静かに時を流したのではないかなと思います。

 

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相手に知ってほしいことを伝える方法

 

私がずっと感じていたこと。

 

私はずっと、自分より年長者の言葉に思うことがありました。

 

親や祖父母、他の年上の方々は、私を想ってくれてのことだとは思いますが、「これはこうだからこうした方が良い」や、「これはこうだからやめておけ」などの言葉を言ってくることがありました。

 

その度に私が思っていたことは、それはあなた方が経験してその中で感じたことだから分かるのであって、私自身はその経験がないから身を持ってそれを知ることはできないし、だから悩み苦しんでいるんだ!

 

そう思っていました。

 

 

しかし『トイ・ストーリー4』は、その問題に対する答えを見せてくれた気がしました。

 

ウッディより広い世界を知っているボーは、ボニーとのことに悩むウッディに対して言葉で伝えるのではなく、実際にウッディに広い世界を見せ、そこで自分が活き活きしている姿を見せていました。

 

ギャビーが願っている子供との関係をずっとしてきたウッディは、子供に愛されたいというギャビーに言葉で伝えるのではなく、ギャビーの気持ちに目を向け、ギャビーは迷子の女の子を見つけた時はギャビーの想いを叶えるため、背中を押し協力していました。

 

 

このボーとウッディの行動こそ、私がずっと感じていた問題に対する答えでした。

 

自分より狭い世界で生きている相手に言葉で何かを伝えるのではなく、実際に広い世界を見せて、実際に経験させて、そのためのサポートをする。

 

そして実際に経験してもらってそこで感じることこそ、その人にしか生まれえない感情なのだと。

 

そしてその感情が生まれている瞬間こそ、自分の人生の選択肢が増えている瞬間なのだと。

 

そのようなメッセージを、『トイ・ストーリー4』から感じました。

 

PIXARが仕組んだある‘‘仕掛け’’

 

『トイ・ストーリー4』のラストシーンを受け入れられずに戸惑ってしまったなら、それにはPIXARが仕組んだある‘‘仕掛け’’に見事にかかっているのだと思います。

 

そして私も、その‘‘仕掛け’’に引っかかりました。

 

私は映画を見ていて2つのことを思い、こう願っていました。

 

「ウッディはボーをボニーのもとに誘って、みんな一緒にいてほしいし、そうなるんだろうな。」

 

「ギャビーは、だれか子供のもとに行って愛されてほしいな。」

 

 

映画がラストに近づいたところでギャビーが迷子の子を見つけ、その子から持って帰ってもらうことができました。

 

私が願っていたことが叶い、幸せな気持ちなり、あたたかな涙が流れました。

 

そしてウッディがボーと一緒にいることを選択したシーン。

 

そしてエンドクレジットが流れる。

 

「えっ?これで終わり?…… じゃないよね…」

 

私は完全に戸惑っていました。

 

PIXARが仕組んだ‘‘仕掛け’’とは、最初に観客の中にあるギャビーへの願いを叶えさせておいて、ウッディやボーも自分たちの願い通りになるのでないかという期待を持たせたことです。

 

しかしそうはならないので、結果戸惑ってしまう。

 

そういう構造になっているのではないかなと思いました。

 

 

この構造はまさに先程お伝えしたキャッチコピーでもある‘‘本当の「トイ・ストーリー」’’の核の部分であると思います。

 

私たち人間と同じでおもちゃたちにもそれぞれ人生がある。

 

だからおもちゃたちは人間の望むようには生きないし、自分で選択して人生を生きていくよ。

 

このメッセージを、ウッディが望むように行動しなかったのを見せることで伝えてきているのだと思います。

 

 

私たちがウッディに望んでいたことをウッディは自分の内なる声を聴いたことで私たちが望むような選択をせず、私たちが戸惑い驚いたように、

 

私たちも自分自身の内なる声を聴き自分が望む人生を選択しよう。

 

それで周りの人が戸惑ったり驚いてもそれを止める必要はない。

 

このようなメッセージに繋がるのではないかなと思いました。

 

あなたの、『トイ・ストーリー4』の感想

 

最初にシンデレラ城が映りトイ・ストーリーお馴染みの音楽が流れた時点で興奮がMAXになりました。

 

そして人間の本質を伝えてきた本作。

 

 

紛れもなく、PIXAR史上最高傑作です。

 

 

あなたは、『トイ・ストーリー4』にどのような感想を抱きましたか?

 

今作『トイ・ストーリー4』は現在、肯定的な感想や否定的な感想、様々な感想が飛び交っています。

 

ですので、あなたの『トイ・ストーリー4』に感じた感想をこの記事の下にあるコメント欄にぶつけて頂いても結構ですし、私のこの記事に対する感想を書いていただいてもかまいません。

 

様々な意見、感想をみなさんで共有し、『トイ・ストーリー4』をもっと深く理解していけたら嬉しいです。

 

 

最後に、

 

 

ボーの声はカーズのサリーと同じく戸田恵子さんが演じているので、ボーの声が終始サリーの声に聴こえました(笑)

 

読んでくださりありがとうございました!

 

そしてトイ・ストーリー4に携わったすべての方々に感謝します。Thank you very much!!!

 

 

追伸

 

この記事を書いた後に、新たに考え付いたことがあったので下記の記事に書きました。

 

【トイ・ストーリー4徹底考察】予告映像の曲の意味が、物語の本質であり‘‘核’’

【トイ・ストーリー4徹底考察】予告映像の曲の意味が、物語の本質であり‘‘核’’

 

こちらは自分で言いますが、非常に興味深い記事です。

 

是非ご覧ください。

 

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トイ・ストーリー4
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コメント ぜひ感想をお聞かせください

  1. より:

    前情報ゼロで初日に鑑賞しました。
    何か惹きつけられるものがあって、その後すぐに字幕と吹き替えで1回ずつ観ました。
    シリーズ全作品も鑑賞済み、特に3は何度も劇場に足を運びました。

    冒頭シーンから(前作までのあらすじをアンディとウッディ、ボニーとウッディ達が遊んでいる姿で語られるシーンですね)
    「ああ、やっぱりトイストーリーが好きだ」と思いながら泣き、
    全てのギャグシーンで内心ヒヤヒヤしながらもやっぱり笑い、
    ウッディが健気にフォーキーを守れば守るほど胸が締め付けられて、
    ボニーはどうしようもなく子供で、かつて私たち大人も彼女と同じようにオモチャを選んで成長したことを認め、
    最後にウッディが決めた道がどうか輝き続けますようにと、バズ達と同じように見送りました。

    移動遊園地のメリーゴーランドの上で微笑むウッディとの距離が、
    自分ではどうすることも出来ない大きな力(車)によってぐんぐん引き離されていく淋しさを、バズ達と一緒に感じていました。

    だけど、やはりこれは不幸なことではないと思います。
    あなたも、私も、誰のものでもなく自分自身のもの。
    ウッディにとっての今の幸せも、バズ達にとっての今の幸せも、互いに認め合える。
    それは、時の流れと共に繋いだ絆があるから。
    時が流れても変わらない絆があるから。
    いつも俺がいる。君のそばに、と。
    「きみはともだち」なんですよね。ずっと。

    今作、どんなに展開に振り回されて思い描いていたものとは違っていたとしても、この主題歌がずっと手を握っていてくれているようにも感じました。

    エンドクレジットの静けさには、私も助けられました。
    アップテンポな曲も、PIXARで時々やってくれるNGシーンも、大好きだけど、大好きだけど、、
    作品の内なる声と、それを見て聞いた自分自身の内なる声に、静かに耳を傾けていたかったから。

    わたしも、この作品は良かったと思います。
    同じ意見の方のブログを拝見できたこと、何より幸運に思います。
    ありがとうござます。
    あと、何とも気軽にコメントしやすい一文を書き添えてくださったことにも感謝いたします。

    追伸
    あまりに厳しいツイートが多かったので、相違を確かめる意味でも123と順に改めて見てみました。
    (もうおやりになりましたか?)
    すごいです、より好きになります。思いが強くなります。

    • Hiroto Hiroto より:

      若様。

      とても丁寧に、長文で感想を綴ってくださりありがとうございます。

      若様の感想、深く噛み締めじっくり読ませて頂きました。

      私も、前情報には出来る限り触れずに初日に観賞しました。

      初回観賞後にすぐに字幕と吹き替えで1回ずつ観るとは、若様の大きなトイ・ストーリーへの愛を感じます。

      若様はトイ・ストーリー4という作品から非常に多くのことを感じ取られたんだなと感じました。

      自分ではどうすることも出来ない大きな力によって引き離されていく淋しさ、私も若様と同じで胸が締め付けられながら観ていました。

      しかし若様のおっしゃる通り、『あなたも、私も、誰のものでもなく自分自身のもの』

      それを互いに認め合えるのは、時の流れと共に繋いだ絆があるからですよね。

      シリーズを通して『君はともだち』という曲は大事な意味を持っておりましたが、今回は若様がおっしゃる通り、正に『君はともだち』という曲が戸惑う心に寄り添ってくれました。

      私も、若様がこうしてコメントをしてくださり、若様の感想を聴けたこと、とても嬉しく思っております。ありがとうございます。

      相違を確かめる意味で前作をご覧になっているのですね。素敵です。

      私は公開から数日たった今も、トイ・ストーリー4というとても深い作品で心が一杯になり、今はその気持ちを噛み締めているところです。

      しかし、トイ・ストーリー4でのウッディたちの選択を知った今、前作を最初から観るのは、また新たな気付きや学びがあると思いますし、何より若様がおっしゃる通り、よりトイ・ストーリーというシリーズを好きになると思います。

      ですので、気持ちが落ち着きしだい、私も1作目から観ていこうと思いました。

      素敵な感想、ありがとうございました。

  2. たくみ より:

    夜遅くに失礼します。明日にしようかとも思いましたが、どうしても今すぐ伝えたくてコメントします。

    私も土曜日にトイストーリー4を観ました。ウッディ達の別れのシーンは大号泣しましたが、なんとも言えない、というのが観終わった後の率直な感想でした。
    それから今日この考察を拝見するまで、自分の中でグルグルとまとまらないトイストーリー4の感想を考えていました。
    Twitterでトイストーリー4と検索したり、色々な方の考察を見たりして、多少それらに影響され、少しずつ感想が形になっていき、そしてこの考察を拝見して、もやもやしていたものが無くなり、自分なりの感想が形になりました。私が感じた喪失感はどこか、おもちゃ側の視点でみていたから、本当にその通りです。

    一言で言ってしまうと、ウッディお疲れ様、です。今までどんな逆境でもリーダーとしてみんなの前に立ち、そしてどんなおもちゃも助けてきたウッディ。4ではそんなウッディがいつもは頼もしく見えていたのに少し哀れに見えました。ウッディは私が思うより辛いんだろうなと感じました。

    そんな状況でかつての恋仲(ですよね?)、ボーに会い、そしてその彼女が自分が知らない世界を見せてくれたら、自分もそっちに行きたいと思うのは当然だと私は思います。そして、別れのシーンでウッディの気持ちを察したバズの優しさは本当に男らしいです。バズも、もちろんスリンキー達も本当は行ってほしくないと思っていたはずです。あのレックスでさえ、誰一人としてウッディを止めないシーンで大号泣でした。そしてみんなとハグをする。でもバズとだけは2人でハグ。やはり相棒なんだなと強く感じました。若さんと被ってしまいますが、「時が流れても変わらないもの」、まさしくその通りです。ウッディとバズ達が長い時間をかけて築き上げてきた絆、それがあったからこそ、あの決断ができたのだと思います。
    キミはともだちがこのタイミングで再録されたのか分かった気がします。

    あとはテンション上がった点でいえば、コンバットカールJrが出てきてくれたことがとても嬉しかったです笑

    素晴らしい考察ありがとうございます。
    私もこの感想を踏まえた上でもう一度観たいと思います。

    長文、そして夜分に失礼しました。

    • Hiroto Hiroto より:

      たくみ様。

      今すぐ伝えたいという想いを長文で綴ってくださり、ありがとうございます。

      たくみ様のトイ・ストーリーに対する愛と深い理解の姿勢に感動しました。

      観終わった後のウッディ達の別れのシーンへのなんとも言えない気持ち、よく分かります。

      しかしたくみ様がおっしゃっている「ウッディお疲れ様」という気持ちを拝見し、私もまさしくウッディにそう感じているなと自分の気持ちに気付かされました。

      今まで頼もしくかっこよかったウッディが私も大好きでしたが、そんなウッディが4では確かに少し哀れに見えました。

      自分が今まで上手くやれていたやり方が通用しない状況は、確かに私たちが思うよりウッディはずっと辛いのかもしれませんね。

      そこにかつての愛していた存在に運命的に出会い、自分の知らない世界でたくましく生きているのを見たら、私もたくみ様と同じでそっちに行きたくなります。

      そんなウッディの気持ちを察したバズ、まさにたくみ様がおっしゃる通り、男らしいですよね。

      バズは、ウッディよりもウッディのことを理解している。

      そんなバズだからこそ出来たことだと思いました。

      今までのバズの中で、4のラストシーンのバズが最高にかっこよかったです。

      私も私の彼女と話していましたが、おもちゃたちが誰一人としてウッディの決断を止めなかったことに、とても心を打たれました。

      たくみ様がおっしゃる通り、ウッディとバズ達が長い時間をかけて築き上げてきた絆があったからこそ、ウッディはあの決断が出来たのだと思いました。

      その絆がなかったら、きっとウッディはまた誰かのためにと行動していたと思います。

      私もたくみ様と同じく、なぜここで「君はともだち」を再録たんだろうと感じていましたが、その必要性がわかった気がしました。

      コンバットガールJr.、確かに嬉しかったですね!

      私はそれに加えて、オールドタイマーやティントイのティニーが出てきたのにもテンション上がりました!

      こちらこそ、トイ・ストーリー愛がたくさん詰まった、深い感想を聴けたこと、とても嬉しく思っています。

      ありがとうございました!

  3. はる より:

    今日観てきました、自分の中で上手く落とし込めてないとこもありますがコメントします。

    1、2、3と見返してから観に行ったので最後ボーのとこに行ってしまうシーンは戸惑いもありましたがだよね…っと納得してしまう気持ちもありました。

    今回最初の方から遊びに混ぜてもらえず(保安官バッジも取られるという…)フォーキーが登場してからも、ウッディが近くにいるのに名前も呼ばれないようなシーンが連続で
    ボーも女の子だし、ジェシーは気に入ってたみたいなので年齢とか色々仕方ないのかなぁ…って気持ちで見てました

    そこで愛しのボーの登場です、それはそっちいくよねって思っちゃいました
    今までの事とか裏切るのみたいな気持ちも分かるけど、たまたまウッディにとってこのタイミングだったんじゃないかなと思います

    ボーのもとに残ったバズたちもいつか遊んでもらえなくなり、また旅に出るかもしれないし永遠の別れってこともないのかなぁなんて思います

    俺がアンディの一番のおもちゃだ!!っていってたウッディが、だんだん成長して仲間を大切に助けてきたけど自分の気持ちを大切にしたのはとても素敵だと思います
    何でいなくなってしまったボーのエピソードも分かってスッキリしたし、仲良く冒険してほしいです!笑

    いつまでも仲良くみんなと一緒にいてほしいって気持ちもわかるけど、永遠の別れではないと私は思います!

    個人的にギャビーギャビーに機械渡してしまうのは優しすぎるなぁと思いましたし、今回は映画の舞台が少ないのが物足りないかな?とは思いました
    幼稚園、アンティークショップ、遊園地で移動感が少なかった感じがします。
    でも映像もさすがピクサーで、ボーの肌の感じや陶器のカンカンみたいな音が心地好かったのでまた観たいです!!
    あとフォーキー可愛すぎです、短編集で登場してくれないかな…?

    まとまってなくてごめんなさい、長文失礼しました!!

    • Hiroto Hiroto より:

      はる様。

      今日見たばかりで落とし込めてないところもありながらの長文での感想、ありがとうございます。

      はる様の感想に、深く共感しました。

      やはりラストでウッディがボーのところに行ってしまうシーンは、戸惑いもありますが、納得する気持ちもありますよね。

      はる様がおっしゃる通り、今作ではウッディがボニーのもとに帰る必要がない描写、ウッディがボニーのもとにいるには辛すぎる描写が多く描かれていたように感じました。

      確かにボニーはフォーキーの名前を呼ぶばかりで、側にはウッディもいるのに全くウッディの名前を呼んでいませんでしたね。気が付きませんでした。

      ボニーはジェシーを気に入っている様子で、それには性別や年齢が関係しているのかもしれませんね。

      そんなウッディがボニーのもとを離れる決断をするのは、はる様のおっしゃる通り、時間の問題だったのかもしれませんね。

      たまたま昔愛していた存在であるボーとの運命的な出会いにより、ウッディにたまたまそのタイミングがきたというはる様の意見に、確かにそうだなと思いました。

      バズたちもいつか遊んでもらえなくなり、ウッディのように旅に出るかもしれないという意見にも、本当にその通りだなと感じました。

      私はウッディとバズたちがもう1度出会うことはもう難しいのかなとなぜか諦めていましたが、はる様のおっしゃる通り、またどこかで会えるかもしれないですよね。

      ウッディとボーが9年ぶりに出会えたんですから、ウッディとバズたちも深い絆で結ばれている訳ですし、出会える可能性は十分にあると思いました。

      永遠の別れではないという意見、とても素敵だと思いますし、私も希望が持てました。

      映画の舞台が少ないことへの物足りなさは、私も同じく感じていました。

      確かに、アンティークショップと遊園地の距離が近かったからこそ、キャラクターたちの移動の少なさがそう感じさせるのかもしれませんね。

      ボーの陶器の素材感やカンカンという音は、視覚や聴覚での楽しさがあったなと思います。

      私もその点に心地よさを感じました。

      フォーキーの短編については、公式ではないどこかの記事で、製作しているという内容が載っていましたよ!

      同時にボーの短編も製作中とのことでした!

      そちらも本当ならば、楽しみですね!

      様々な視点からの興味深い感想を送ってくださり、ありがとうございました。